前述した「パンチ」という鉄板焼き屋。
団地の途中にあり、現場で仕事している人たちのたまり場になっていた。
鉄板焼き屋であったが、酒を出すのがほとんどの仕事だった。
作業着の人たちばかり集まるので、スーツで登場するぼくが珍しいのか、みな歓迎してくれた。
飲み屋の大将



「ふくちゃ~ん、いらっしゃい!」
大将はいつも声をかけてくれた。
大将は現場の仕事が終わると、家兼店舗に帰って、店をあける。
仕事のせいか、背は小柄だったが身体は筋肉でまるまるとして腕っぷしは強く、腕相撲は誰にも負けない、というタイプだった。



若かりし頃は、キレてケンカになったら手が付けれなかったという。
翌朝仕事で早いのに、皆遅くまで飲んだくれて、皆が帰るまで決して店は締めなかった。
主婦の奥さんも、店を手伝っていた。
大将は酒気帯び運転を繰り返す



その奥さんの唯一の悩みが、大将が酒気帯び運転をすることだった。
何回言い聞かせても、治らない。
飲み仲間と街中へ出かけると、必ず酒気帯び運転で帰ってくる。
ある日、酒気帯び運転で、自分の軽ワゴンというか、ワンボックスが交差点で曲がり切れずに横転したという。
人身事故じゃなくてよかった。
が、そのことで大将と奥さんとは揉めに揉めて、離婚沙汰になってしまったという。
そりゃ、大将が悪い。
町内祭りの前日



ある日、仕事帰りにパンチに寄って、ほんの1、2杯だけ飲んで、大将と小話をして帰った。
話は、明日行われる町内祭りの事だった。
お神輿がどうのこうのと、大した話題ではなく、その晩は早めに帰った。
次の日、町内祭りである。
町内の若い衆は、神輿を担ぐために集まった。
酒気帯び運転での事故、衝撃の告白



その中で、「パンチ仲間」が近づいてきて、ボソッと言った。
「パンチの大将、亡くなったの知っとる?」
は?
いったい何のこと?
昨晩、話をしたばかりだけど。
「あのね、昨日の夜国道でバイクで2人乗りして、前の車に突っ込んだらしいよ」
え!?
片側2車線での酒気帯び運転事故



広島の近郊にドン・キホーテがある。
そこは片側2車線だが、たびたび右折してドン・キホーテに入ろうとする車が止まる。
大将は、2人乗りバイクで左車線から遅い車を追い抜こうと右車線に変更したとたん、ドン・キホーテ待ちの車に突っ込んだという。
酒気帯び運転で事故死、即死だったらしい。
即死だから、追い抜く際に100数十キロを出して事故死になったのだろう。
現場はもう、2人のうちどちらが運転していたのかわからない状態だったという。
その日の神輿は、「弔い合戦じゃ!」ということになり、一生懸命かついだ。
葬式の日



次の日が葬式だった。
会場の右側が奥さんの親族、左側が大将の親族だった。
普通は一番身近な人が一番前の席に座るの。
しかしなぜか左側の一番前の席2列がパンチ(鉄板焼き屋)の常連で埋まっていた。
ぼくもそれにならって、前から2列目の常連客の中に座った。
大将には中学生の息子、娘さん2人のお子さんがいた。
その中学生の学年全員が葬式に参列した。
2学年全員が焼香するもんだから、会場の一番前から一番後ろ、そして会場の外まで列ができていた。
普通、焼香は30分くらいで終わるものだが、1時間たっても2時間たっても中学生の列は途絶えない。
焼香を3時間くらい待って、やっと終わった。
長い葬式だった・・・・・・
酒気帯び運転でバイクで事故死した大将 まとめ
最期に大将にあいさつしようと棺をあけた。
顔は普段の倍くらいに膨れ上がり、まるで別人だった。
結局、やめろと言われていた酒気帯び運転で事故死、2人の思春期の父無し子ができてしまった。
悲惨な結末だった。
残された奥さん、子どもたちともに無念だったに違いない。
事故死でなくとも、酒気帯び運転はまわりに悲惨な状況を作り上げる。
絶対やってはならない。
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