精神病院・閉鎖病棟からの退院、もう酒は飲まない 精神病院体験談(2-28)

精神病院の盆踊り大会、そして退院

●精神病院からの退院

8月6日を過ぎた頃、精神病院での盆踊り大会がありました。毎年開催されます。
患者と看護師による盆踊り、買い食い、カラオケなどもあり。
閉鎖病棟では滅多にない楽しいイベントでした。

それが終わると、3か月の服務をやっと終えた私は退院するのです。

●筆者

アルコール依存症の筆者

アルコール依存症歴11年うつ、双極性障害あり。断酒はするのですが数年に1度くらいスリップし、連続飲酒にハマり入院する。精神病院入院歴10回以上ギャンブル依存症は克服済み。体験談や皆さんにお役に立てることを書いていきます。

精神病院の盆踊り大会

病院から見た夕日
病院から見た夕日

わが瀬野川病院で、盆踊り大会が開催されました。
まだ夏の日差しが照りつける8月の盆の時期。
「夕方6時に運動場に集合」といいます。

閉鎖病棟から出ると、まだ陽は残っておりじりじりと肌をやきつけます。
何ヶ所かある運動場の出入り口には、患者が脱走しないよう、腕っぷしの強そうな看護師が見張り番として張り付いていました

そこへ、病棟から出てきた患者たちがワラワラと集合してきます。
閉鎖病棟に何ヶ月、何年も入院している患者たちです。

精神病患者がまるでゾンビのように出てくる

まるでゾンビのような精神病患者
まるでゾンビのような 出典:映画.comより引用

ゾロゾロと出てきた入院患者は、足元はおぼつかない、目は宙をただよい、あるいはまわりを睨みつけています。
猫背で前かがみ、腹はポコンと飛び出し、顔を前につきだし、手はだらんと垂れ下げた、精神科でよく見る歩き方の患者たち
そんな患者がじりじりと何十体も歩いてきます。
まるで墓場からはいずりでてきたように見えました。

各病棟のわりとまともな患者が、中央で白いプラカードをかかげています。
プラカードには「R1」「R2」「R3」「R4」「C4」「C5」「デイ・ケア」などと記入されており、患者は病棟ごとに2列に並びました。
ざっと400~500名の精神病患者たちがずらりと整列します。

患者たちが数百体もうごめくと、USJのハロウィン・ホラーナイトも真っ青な恐怖感がします。
もちろん、私もその中のひとりですが。

何ヶ月ぶりに外の空気を吸った患者も多いでしょう。
いささか興奮気味な人も多く、知り合いと楽しそうに会話をしたり、別病棟の患者と話しをしたり、ぶつぶつと独り言を言ったり、あるいはじっと無言で黙っている患者もいました。

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パニック障害?

パニック障害で泣き叫ぶ女性
パニック障害で泣き叫ぶ女性 出典:女子SPAより引用

急に、遠くから女性の叫び声があがりました。
叫び声というか、わめき声です。

その方向に目をやると、50代くらいの女性がわめきながら発狂していました
すぐに4人の看護師たちが取り囲み、彼女は取り押さえられます。
用意された車椅子に乗せられ、またたくまに退場していきました。
しかし、見慣れているのか、まわりの患者たちは振り向きもしませんでした。

瀬野川病院 旧院長のあいさつ

瀬野川病院院長先生のあいさつ
瀬野川病院院長先生のあいさつ

そんなあたりまえの光景には誰も目もくれず、やがて院長先生の挨拶が始まります。
瀬野川病院は、今は息子さんが院長ですが、当時は先代でタバコが吸えました。

当日は8月6日原爆の日が少し過ぎた頃でした。(ここは広島)
院長は「8月6日の原爆を知ってるかな?」と、マイクを通して質問してきます。
院長の問いかけは、原爆を体験した人はいるか?の意味でした。
患者の何人かが手を挙げます。
ところがその患者たちは40歳か50歳くらいで、もちろん原爆などは体験していない
ただ単に「8月6日は原爆の日」と知っている、ただそれだけ。
アホなんばかりです。

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盆踊り大会とカラオケ

精神病院の盆踊り大会
精神病院の盆踊り大会

事前に練習していた盆踊りが始まります
「♪ 月が~出た出~た~」とかいうのを何曲か、浴衣姿の看護師と患者が舞台のまわりを円を描いて回っています。

ひとしきり踊りがおわると、会食、というか買い食いの時間です。
あらかじめ配られた「うどん」とか「ホットドック」とか「スナック」と書かれたチケットを、舞台から離れた屋台風のテントで食べ物と交換して、食べるのです。
おやつやスナックに飢えている患者たちは、われ先にと食べ物をもらいに行きます

プログラムにはカラオケ大会も用意してあり、私は「何でもやってやれ、精神病院で恥かいてもなんともない」と、事前に予約を入れてました。

カラオケボックスにあるような本格カラオケ機が舞台に用意されています。
大トリの一つ前で、400人の観衆の見ている中で歌いました。
だれもが分かるように、尾崎紀世彦の「また逢う日まで」を選んびます。
素面(シラフ)で400人の前はさすがに緊張したが、うまく歌えたと思う。
拍手喝采がきたので、少しうれしかったのを覚えています。

大トリは、おじさんが口紅塗って女性の浴衣姿で、おカマのふりをして歌っていました。
これも結構うけていました。
本当にオカマだったのかも知れません。
わりと楽しい、重度の精神病患者だけの盆踊り大会でした

精神病院・閉鎖病棟を退院

精神病院を退院して車で帰る
精神病院を退院して車で帰る

盆踊り大会が終わり、次の週が閉鎖病棟からの退院日でした。
3か月の服務、というか無駄な期間がやっと終わるのです

アルコール離脱症状の入院当初は苦しかったですが、酒が抜けるにつれ、楽になっていきました。
振り返ってみると、たくさんの友達ができました。
おかしな患者もたくさんいました。
おもしろい患者もたくさんいました。
いろいろな精神病患者が集合している、それはこの瀬野川病院が広島一有名な精神病院だからです。

勉強会にもすべて出席して、アルコールの酒害についてたくさん勉強しました。
家族にはたくさん迷惑をかけました。
もう二度と酒を飲まないよう、一日一日を努力して、断酒していきたいと思いました。
この時ばかりはね

退院日、嫁さんが車で迎えに来ました。
もう何度きたかわからん!
とぶつぶつ言っています。

ぼくは帰りの車のなかで、自由になれたことの解放感を存分に味わっていました・・・・・・

・・・・・・ アルコール依存症 精神病院・入院体験談2(完) ・・・・・・

永くのご愛読、ありがとうございました。

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