精神科の慢性期病棟、キチガイどもからの脱走計画を練る 閉鎖病棟脱走記(4)

精神科の慢性期病棟、キチガイどもからの脱走計画を練る 閉鎖病棟脱走記

(精神病院からの脱走体験談、つづき)

これから、精神病院から脱走にいたるまでの体験談をお話しします。

精神科の慢性期病棟のあまりにもひどい状況であって、それに耐え忍びつつ、妻とはなるべく密に連絡をとるようにしていたのだが、それが逆に仇となってしまった。入院したのは2月の中旬。

当時まだ中3だった長女ナナの、ちょうど高校受験寸前の時期だった。妻とは、「ナナが受験が終わる (3月中旬) まで入院しとって。それから考えるけえ」と、話がついていた。医療保護入院のため、退院できるかどうかは保護者 (親、もしくは配偶者) の判断で時期が決まる

●筆者筆者

 


メンヘラ男。アルコール依存症歴11年、25歳でうつ病、39歳でアルコール依存症とうつ病を再発、さらに双極性障害になりメンヘラに。断酒に失敗し広島の瀬野川病院、呉みどりヶ丘病院などの精神病院・閉鎖病棟に10回も入院。精神障害者手帳2級、障害年金2級。断酒・入院・うつの体験談、どうやって飲まないで生きていくかのノウハウを書いていきます。

※なお、筆者の体験談は事実のままですが、断酒会の事例は架空の人物ものとします

はたして退院時期はどうなるのか?

閉鎖病棟
閉鎖病棟 出典:文春オンラインより引用

妻は、長女の受験が終わったら、私が退院するのを考えてはいたらしい。しかし精神科とは恐ろしい所で、本人がいくら異常がないと訴えても、保護者がNGを出せば退院できないのである

私が頻繁に、といってもたった一日1回くらいなのだが、定期的に電話するもんだから妻は「もう電話してくんな!」と言い出した。しかし、閉鎖病棟に閉じ込められて、外のことがまったくわからない私にそんな事言われても、このひどい病棟に何か月、何年と入れられるのか、まったくわからない。

精神病院の慢性期病棟とはこんなところである。

精神病院・慢性期病棟の信じられない12の体験談 閉鎖病棟脱走記(3)

妻は近々退院を考えていたらしいが、こちらに伝えずに 「電話するな!」 では、閉鎖病棟でなにも情報が入らない私には退院時期がさっぱりわからない。

3か月なのか

半年なのか

1年を超すのか

どのくらいの入院になるのか。当時私は46歳だった。その時は、60歳までバリバリ働けると思っていた。しかし、残りわずか14年しかない。自らがまいた種とはいえ、こんなひどい病棟に何か月も何年も突っ込まれたら、たまったもんじゃないと考えた。

精神科の慢性期病棟からの脱走
精神科の慢性期病棟からの脱走

そして考えに考えたあげく、出した結論は

「ここから、脱走してやる!」

であった。

脱走計画を練る 体験談(1)

最初にアルコール依存症で入院したころ、別の病気の女の子が

うち、ここから脱走したことあるんじゃけど、国道をトボトボ歩きよったら、病院から追っかけてきたクルマにすぐ捕まったんよ~

とつぶやいていたのを記憶していた。どうやら徒歩での脱走は難しそうだ。

さいわい、JR山陽本線の中野駅というのが歩いて10分ほどの距離にある

実は入院は数回目で、脱走するには金がいることはわかっていた。1万円札3枚をあらかじめ隠し持ち込んでいた。キャッシュカードやクレジットカードも隠し持ち込んでいた。くつ下の裏や、シューズ底の裏に隠しておけば簡単に持って入れる。

JRに乗ってしまえば、なんとかなるかもしれない。あとは病院の外へ脱出する方法を考えるのだ。

まず、閉鎖病棟から外部に出られるドアは3つある。

  • エレベーター・ホールへの自動ドア
  • 風呂場へ通じるドア
  • ドアから階段へ、病院の外へ出られるドア

しかし、ドアというドアにはすべて電子錠がかかっていて、普通は開かない。

看護師が出入りをする際は、ポケットから電子錠を出してドア横の四角いプレートにそれを充てると、鍵が解除される仕組みだ。格闘技をやっていたので、それを奪うのは難しくない。しかし、暴力沙汰・傷害事件となってしまう。力づくで奪うのは犯罪になる。

しかし、院外に出るチャンスがというのがあるのはあるのだった。

脱走計画を練る 体験談(2)

精神病院のジム
精神病院のジム
  • 瀬野川病院には、「センター活動」 といって、トレーニング・ジム的なところへ行ってなまった身体を鍛えることができる。その際、ひとりで一瞬だけ病院の外を通ってセンターへ移動できるのだ。
  • また、毎週金曜日に 「断酒会」「AA」 があり、別の建物で行うため、移動の際、一瞬院外へ出られる。

※ふたば断酒会、AAとは⇒断酒会とは?ふたば断酒会、AA、広島だるま会など自助グループはどんなもの?

「断酒会」「AA」 は看護師の見張り付きで移動させられるのだが、センター活動は単独移動できる。
私は患者としては真面目で信頼されていたので、センター活動の許可をもらっていた。そこで脱出するのが一番、成功率が高いと考えた。

・・・・・・ベッドの上でずっと考えた。

センター活動は、午後2時から3時30分までの1時間半限定。その間にJR駅まですばやく移動して、列車に乗る。3時30分を過ぎるとバレてしまうので、できるだけ遠方に移動する。

広島県警に捜索願いが出される可能性があるため、なるだけ県外へ出たい。かつ、職務質問されないよう、なるだけ人が多い都会が良い。

目指すは広島から、博多か、大阪だ・・・・・・。

脱走の準備

天井裏から脱出
天井裏から脱出

脱出方法は、ほかにも色々考えていた。

  • 天井に設けてあるよくある配線口から天井裏をつたい、閉鎖病棟の区間から、受付 (外来) のほうへ移動し、そこの配線口から降りて堂々と外来へ抜ける。

天井裏へ人間が入る部分、40センチ四方の蓋はネジで留めてあるっぽいので開けられそうだが・・・・・・。しかし、天井裏から外来へ暗闇の中をはたして移動できるのか?懐中電灯はない、途中コンクリート壁などで人間が通れなければアウト、そしてなにより、出口のネジを裏側からまわせるのか?
これは危険だ。

  • 職業別電話帳をくまなく見てみると、 「なんでも屋」 という職業があるのに気が付いた。そこに頼んで、車で脱出できないものか?

ようは断酒会・AAで院外に出る一瞬のスキに時間指定して車で待ち伏せしてもらい、いくばくかの金を渡してJR駅まで急行する、という計画だ。しかし、断酒会・AAで移動する際には看護師の見張りが7~8人ついてくる。車の前に立ちふさがれたらアウトではないか?

タクシーを使う手口も考えたが、同じだ。

これも危険だ。

  • 離婚すると、医療保護入院 → 任意入院に自動的に切り替わるらしい。

しかし、10回近い入退院に耐えてくれた妻を、そう簡単には裏切れない。まあ、酒飲んで入院した時点で裏切ったことになるのだが。子供と離れるのも嫌だ。

とにかくいろいろ考えた結果、センター活動で単独外出する際に脱走するのが最も成功確率が高そうだ

とにかく準備を始めた。

貴重品を全部抜かれた財布をポケットにいれた。金目のものをすべて財布に入れた。隠していた万札3枚と、キャッシュカードもろもろを。(WAONカード・テレホンカードは自分持ちのため、念のためそれらも入れた)

そして肝心なのが、黒・水色リバーシブルのダウンジャケットだ。

脱走するための、リバーシブルダウンジャケット
脱走するための、リバーシブルダウンジャケット

これを表・裏と切り替えながら逃走するつもりだ。こんな感じだ。

リバーシブルダウンジャケットを切り替えながら脱走する
リバーシブルダウンジャケットを切り替えながら脱走する

絵ではそうでもないが、実際は見た目のイメージがかなり違う。

目指すは、とにかく駅まで行ってから決めることにした。昼間のJR山陽本線はだいたい20分毎くらいなので、上下線どちらか、早く来たほうに乗ろう。下りに乗ったら、途中でおりかえそう。

3月10日金曜日、昼飯後、 ついに 「センター活動へ行きたい」 との旨を看護師へ伝えた。この病棟は1時くらいから出てもいいとのことだった。1時から3時30分まで、ようは逃亡がバレるまで2時間半もある。とてつもないチャンスがきた・・・・・・

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